京都府学連事件 【最高裁 昭和44年12月24日判決】

事案


昭和37年当時、立命館大学法学部の学生だった被告人は、京都府学連主催のデモ行進に参加、先頭集団である同大学学生集団先頭列外にて行進していました。

途中、デモ許可条件等を詳しく知らなかった被告人の誘導の折、機動隊ともみ合いになり、その際の行進隊列が京都府公安委員会が付した許可条件及び 警察署長が道交法に基づいた条件に違反するものでした。

そこで、現場にいた巡査がこの状況を現認、許可条件違反の事実ありと判断し、歩道上から被告人の属する先頭集団の行進状況を撮影しました。

この巡査の行為により被告人と巡査がもみ合いになり、被告人は巡査に暴行を加え、全治一週間の傷害及び公務執行妨害罪で起訴されました。

争点

被告人は、撮影した巡査の行為は適法な公務執行にはならないと主張したが、第一審はその主張を退け有罪としました。

控訴審でも令状なしでかつ被告人の同意なしで行われた撮影は肖像権の侵害であり適法の職務行為ではないと主張がなされました。

しかし、令状なしと肖像権の争点についても、適法な職執行であったとされました。

そして、京都市公安条例の違憲性、この令状なし(憲法35条違反)と肖像権の侵害(憲法13条違反)をもって上告。

憲法35条2項

 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

判旨要約・解説

憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については・・・」と規定しているのであって、 これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる・・・

個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。) を撮影されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、 個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し・・・

個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、 公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らか・・・犯罪を捜査することは、 公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察にはこれを遂行すべき責務があるのであるから(警察法二条一項参照)、 警察官が犯罪捜査の必要上写真を撮影する際、その対象の中に犯人のみならず第三者である個人の容ぼう等が含まれても、 これが許容される場合がありうるものといわなければならない・・・

その許容される限度について考察すると・・・現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、 しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるとき・・・

このような場合に行なわれる警察官による写真撮影は、その対象の中に、犯人の容ぼう等のほか、 犯人の身辺または被写体とされた物件の近くにいたためこれを除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等を含むことになつても、 憲法一三条、三五条に違反しないものと解すべき・・・

本件は、13条を根拠に肖像権が保障されていると認めた最初の判決です。判旨では「これを肖像権と称するかは別として」などと濁していますが、述べていることは肖像権、 すなわち、プライバシー権の一形態と言って差し支えないでしょう。

そして、13条を根拠に保障されるその肖像権、やはり公共の福祉による制約を受ける、場合によっては肖像権の侵害を許容しなければならないと謳っています。

本件は、この肖像権問題、13条違反問題と同時に、35条の令状主義違反についても争われています。

これは、刑事訴訟法の論点でもあるわけですが、公道上において、違法なデモ行進を行っている者に対して、令状なしに、かつ、被撮影者も同意を得ずに写真撮影が許される場合について述べています。

すなわち、①行為の現行性、②証拠保全の必要性と緊急性、③撮影方法の相当性、を条件として適法な職務執行であるとしました。


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