外国人の地方参政権 【最高裁 平成7年2月28日判決】

事案と第一審

1990年、日本にて永住資格を持つ在日韓国人が、自分たちは地方公共団体における選挙権は憲法上保障されているとして、居住区である大阪の選挙管理委員会に対して、選挙人名簿に登録を求める旨、異議の申し立てをしました。(公職選挙法24条)

しかし、当該選挙管理委員会はこの要求を却下。そこで、原告である在日韓国人は、この決定の取り消しを求めて提起しました。

一審である大阪地裁は、「日本国籍を保有しない定住外国人は参政権を憲法が保障しているとは認めることが出来ない」と原告の請求を棄却しました。

そこで、原告は公職選挙法25条3項に基づき、最高裁に上告。

公職選挙法24条1項

 選挙人は、選挙人名簿の登録に関し不服があるときは、縦覧期間内に、文書で当該市町村の選挙管理委員会に異議を申し出ることができる。

公職選挙法25条3項

 前項の裁判所の判決に不服がある者は、控訴することはできないが、最高裁判所に上告することができる。

ポイント

この判決について、2つのポイントがあります。

  1. 憲法15条1項と定住外国人の関係
  2. 憲法15条1項の「国民」と93条2項の「住民」の関係
憲法15条1項

 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

憲法93条2項

 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

原告の訴えが「永住在日外国人である自分たちは、地方公共団体の選挙権は憲法上保障されている」なっているので、争われるのは文言の解釈となります。

そして、最高裁での判決。

判旨要約・解説

憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものである。

そこで、憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、 憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。

そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。

そして、地方自治について定める憲法第八章は、九三条二項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨に鑑み、 地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法九三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり~(省略)

ここまでの解説については、以下ページにありますので、そちらを参照ください。

問題は以下に続く部分です。

問題点

 このように、憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、 憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、 その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、 我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、 その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、 その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。

しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない

いわゆる「傍論」です。

傍論とは読んで字の如く傍らの論、つまり、主文ではない部分のこと。判決要旨ではなく「裁判官のつぶやき」みたいなものです。

したがって、法的拘束力を持つものではありません。

やっかいなのは、日本の裁判の場合、判旨と傍論とを明確に分けて読み上げているわけではなく、客観的にみてあたかも判旨の一部であるかの如く読み上げています。当該判旨をみても明らかですよね。

ですから、この部分は判旨の一部である見解と傍論であるとする見解が真っ二つに別れています。

この後段部分の判旨を傍論とする理由は、前段部分との矛盾にあります。

まず、前段部分の判旨では、15条1項にある公務員を選定罷免する権利は国民固有であるとする「国民」は「日本国籍を有する者」とハッキリ言っています。

その上で、93条2項の「住民」とは日本国民のことであるとも言っています。

ここまでの判旨では、地方レベルにおいても選挙権は日本国民固有の権利であると言っています。ここで、今一度「マクリーン事件」の判旨の一部を。

憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、 我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、 政治活動の自由についても、 我が国の政治的意志決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶ

この判旨を踏まえれば、選挙権は日本国民固有、つまり、日本国民だからこそ保障されている人権と読むのが普通でしょう。

日本国民だからこそ保障されているということは、外国人には認められない人権ということと同義です。

しかし、判旨後段の傍論部分では、15条1項の例外を認めているかの如く憲法上禁止されているものではないとしています。一般的見識を持つ人間が読めば、前段と後段が全く矛盾していることがわかるはずです。

細かく言えばおかしな点はまだありますが、本来の判旨と矛盾しているから、法的拘束力のない傍論と言えるのです。

この判決を外国人地方参政権許容説と取るかは傍論のこともあって禁止説と真っ二つに分かれるわけですが、学説では禁止説が通説となっているようですが、許容説も有力な説とされているようです。


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