国家権力を制限するところに憲法の本質がある
立憲主義的憲法において、統治機構は授権規範の役割があるとお話ししました。→ 統治機構の役割
日本国憲法では、国会に唯一の立法権を授けていますし(41条)、内閣に行政権を授けています(65条)。
このように、憲法は国家権力に一定の権限を授けていますが、これら権力は、国民の権利・自由を不当に侵害する可能性があることは何度かお話しています。
立憲主義的憲法の本質は、国家権力を制限することによって国民の権利・自由を保障するというところにありますので、権力を授ける授権規範という側面があるのと同時に制限規範という側面もあり、こちらの方がより本質的であると言えます。
例えば、です。
統治機構の概念に三権分立というものがあります。 これは、国家権力の三要素である立法権(国会 41条)・行政権(内閣 65条)・司法権(裁判所 76条1項)を、区別し分離させることによって、相互に「抑制と均衡」を保たせるという概念です。
こうすることによって、特定の国家機関に権力が集中され権力が濫用されるのを防ぐ作用があるのです。
この権力分立は、憲法の特質のひとつである「制限規範性がある」ということの典型例になります。
→ 「三権分立について」
もし、統治機構に権限だけ授かれていて、その権力に何の制限もなければどうなるでしょうか?考えるだけでも恐ろしいです。
権力が濫用されて不当な扱いを受けるのは誰?もちろん、国民になります。
憲法は「お前たちに権限は授けるが、何々はしてはいけないよ」と国家権力に言っているのです。 権限を授け「何々してもよい」というのと、権力を制限して「何々してはいけない」というのは、一見、言葉遊びのように同じ意味を逆説的に言っているようですが、実は大違いですよね?
