「法律」と「憲法」はその性質が全く違う法規

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日本国憲法についてあれこれ語るより先に、そもそも憲法とはどんなものなのか?ということについてお話ししたいと思います。

世の中には「法律」というものがあります。

ご存じの通り、法律とは社会の秩序を守るためのルールであり、そのルール違反をすればその法律を社会に落とし込む国家からペナルティを受けることになります。

つまり、法律というものは、国家が国民に対して、権利や自由を制限するためのものという側面があります。


例えば、日本の法律では人を殺せば刑法の殺人罪(刑法第199条)という罪に問われます。故意に人の生命を奪ったというその責任に対して、起訴されれば裁判にかけてそれ相応の刑罰が与えられるわけですが、これはその人を殺した人の権利や自由を奪う行為になります。

また、女性の婚姻(結婚)は、16歳にならないと法律上許されません(民法第731条)。これだって、婚姻に年齢制限を設けることによって、16歳未満の女性の結婚したい(する)権利・自由を制限していることになります。

このように、法律の種類によってその目的は変わりますが、法律とは国家側が国民に対して権利や自由を制限する法規と言っていいものです。

しかし、この法律が存在することによって、一定の社会の安定・秩序が保たれているわけです。

法律のよってあなたの権利・自由が制限されているかもしれませんが、逆に法律によってあなたの権利・自由が守られていることだってあるわけで、その意味で社会秩序が保たれているわけです。


ここで想像してみてください。

国家側が好き放題して国民にとってとんでもない法律を制定してしまったとします。

例えば、「20歳未満が夜一人で出歩いたら終身刑」とか「公務員に楯ついたら理由の如何を問わず死刑」とか。無茶苦茶ですよね?こんなの。

国家の本音を言えば、国民をとにかく法律で縛ってしまえば秩序は乱れませんし、それは楽なのかもしれません。また、国家側が自分達の利権などを守るために国民に不当な制限をしてしまうことだって絶対にないとは言えないですよね。

もちろん、国には大勢の、それぞれ違った価値観を持つ人たちが生活しているので、法律によってある程度自由・権利を制限する必要があるのは十分理解できることですが、そこには正当かつ合理的理由がなければなりません。

政治家や官僚、特定の企業・団体・業界、あるいは、外国人や外国のために日本国民が不当な規制を受けるのは、決して正当かつ合理的な国家権力行使とは言えないはずです。

国家の横暴によって、あるいは、国民の目を盗んで不当に権利・自由を奪われることだって十分にあり得ることなのです。

このような国家権力を制限するために存在するのが「憲法」であると解釈されます。

すなわち、法律と憲法は全く性格を異にする法規です。憲法とは、国民の権利・自由を守るために国家権力の行為を制限するための法規です。

憲法と法律の関係のイメージ図

イメージは左の図の通りです。

国家権力が国民に対して、法律によって国民の権利・自由を制限します。

そして、その国家権力の行使が暴走・横暴にならないように憲法によって国家権力行使を制限します。

これは勘違いしがちのことですが、本来的意味で言えば、憲法とはわれわれ国民に向けられた規範ではありません。国家権力に向けられた規範です。

法律によってわれわれ国民に対して「これを守りなさい」と命令する国家は、憲法によって「これを守りなさい」と命令されているのです。そして、その憲法を制定する権力はわれわれ国民が握っているとされ、これが「国民主権」という概念になります。

このように、法律と憲法は何かを制限するという目的は同じなのですが、その対象はまったく違い、性質は180度違うものなのです。


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